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ドットの接続

第76回

次々変わる、特殊詐欺の手口:オレオレ詐欺から
ロマンス詐欺、投資詐欺、警察詐欺、そして次は?

特殊詐欺の手口は、この20年余りの間に大きく様変わりしてきました。初期に流行した「オレオレ詐欺」は、電話で親族を装い、ATMから現金を引き出させたり、直接訪問して現金を受け取るというものでした。しかし、その後インターネットやスマートフォンの普及、ネットバンキングや電子決済の一般化に伴い、犯行は高度化し、被害者は不特定多数へと拡大していきました。最近では、SNSを利用したロマンス詐欺、著名人になりすまして投資を呼びかける詐欺、さらには警察官を装って「逮捕される」と脅す逮捕詐欺など、手口は多様化し続けています。もはや「特定の手口に注意すれば防げる」といった段階は過ぎ、複合的かつ巧妙な騙しの構造が社会に広がっているのです。

 

ここで重要なのは、高齢者が詐欺の対象になるのは単に判断力や認知能力が低下しているからではないという点です。むしろ、彼らが豊富な経験や知識を持つことが逆手に取られる場合があります。たとえば、警察に対して強い畏怖や信頼心を持つ世代ほど、「警察官」を名乗る人物から「捜査対象だ」「逮捕される」と脅されれば、冷静な判断を失いやすいのです。これは認知症などの問題に限らず、社会的経験が豊富だからこそ詐欺師にとって利用しやすい土壌となっているといえます。

 

近年、特に注目されるのが「地方局のアナウンサー」を装ったなりすまし詐欺です。地方局のアナウンサーは地域に密着し、日常的にテレビを通じて顔を見かける「親近感ある存在」です。そのためSNSで投資を呼びかけていても、「あの人なら」と信じてしまう心理的ハードルが低くなります。実際に、地方局のアナウンサーが自治体の首長や地方議員に立候補して当選する例が少なくないことは、その影響力の強さを示しています。こうした背景を踏まえると、「なりすまし」が高齢者だけでなく幅広い層に効果的に働く理由も理解できます。

 

一方で、逆に地方議員そのものが詐欺に利用される可能性もあります。昭和の時代には、市会議員の「口利き」によって就職や役所での便宜を図ることが横行していました。現代では違法とされる行為ですが、高齢者世代にとって「議員が何かを便宜的に進める」ことは、かつての体験や記憶として刻まれています。そのため、「議員が紹介している」「議員が関与している」といった言葉に、安心感を覚えてしまうケースが少なくありません。詐欺師はこの心理を巧みに突き、「議員が関わっているから間違いない」と思い込ませるのです。つまり、信頼関係や地域社会の人間模様といった歴史的な背景までもが、現代の詐欺に悪用されているといえるでしょう。

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このように、特殊詐欺の温床は高齢者の認知機能の低下にあるのではなく、経験や知識、信頼関係といった人間の特性そのものに潜んでいます。したがって、対策としては単に「注意しなさい」と呼びかけるだけでは不十分です。社会全体で「信頼や親近感さえも利用される」という現実を共有し続けることが不可欠です。そして被害を防ぐためには、どんなにもっともらしい話でも一度立ち止まり、すぐに判断せず、第三者に相談するという姿勢を習慣化することが求められます。冷静さを失わせることこそが詐欺師の最も巧妙な技であることを理解し、心理的な揺さぶりに打ち勝つ力を養うことが重要なのです。

 

さらに言えば、警察や行政、メディアによる啓発も、これまで以上に地域の実情に即したものが必要です。単に「高齢者だから危ない」と枠にはめるのではなく、「地域に根差した存在がなりすましに使われる可能性がある」「議員や有名人の名前が悪用される」といった具体的事例を示すことが、現実味をもって理解されやすいでしょう。サイバー犯罪の巧妙さは増す一方ですが、それを乗り越えるためには、社会全体が「自分も騙される可能性がある」という前提に立つことが、最大の防御策となるのです。

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