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第74回

証券口座の乗っ取り、2025年前半だけで5700億円以上に!

近年、ネットを利用した金融サービスは急速に拡大し、誰もがスマートフォンやPCを通じて簡単に株式取引を行える時代となりました。しかしその利便性の裏側で、サイバー攻撃による証券口座の乗っ取り被害が深刻化しています。2025年の前半だけで被害総額は5,700億円を超え、過去に類を見ない規模となっています。

 

実は、証券口座の乗っ取り被害自体は過去にも存在していました。たとえば5年ほど前には、他人になりすまして証券口座に不正ログインし、口座に登録されている出金先の銀行口座まで変更し、不正送金を行うという手口が確認されていました。これは、なりすましの難易度が高く、送金先の銀行口座が足取りを追う手がかりになることから、摘発されるリスクもあり、次第に姿を潜めました。

 

ところが今回の手口は巧妙です。口座を乗っ取る点では同じですが、資金を直接送金するのではなく、保有している株式をすべて売却し、その資金でいわゆる「くず株」と呼ばれる安価で流通量の少ない株を大量に購入します。犯罪者側はあらかじめその銘柄を低価格で仕込んでおり、乗っ取った多数の口座を使って買い注文を一斉に出すことで相場を吊り上げ、値上がりしたところで自分の保有分を売り抜けて利益を得るという、いわば新手の株価操作です。

証券口座乗っ取り01.jpg

このような犯行に対し、証券会社の対応は分かれています。従来型の対面証券では、担当者のサポートがあるため、不審な取引にすぐ気づく体制があり、原則として全額補償する姿勢を取っています。一方、ネット証券ではコストの削減や利便性を重視するモデルであるため、原則半額補償とする方針のところも多く見られます。この補償の差は、単に制度の違いというだけでなく、利用者とサービス提供者の責任分担の考え方にも表れています。

 

ネット証券では、ログイン通知や二要素認証などのセキュリティ対策を進めていますが、それらを使いこなすのは利用者の責任です。実際、被害の多くはフィッシング詐欺や偽サイトへの誘導などによるものであり、セキュリティ機能が用意されていても、利用者側の油断が被害を招いています。

 

また、「なぜ不正な取引を止められないのか」と疑問に思う人もいるでしょう。クレジットカード会社が行っているような異常検知の仕組みを導入すればよいのではないか、と。しかし、証券取引の世界はリアルタイム性が命です。たとえば普段は取引しない銘柄を大量に買ったとしても、それが不正か、単なる戦略的投資かをシステムが即時に判断するのは非常に難しいのです。安易に一時保留をすれば、機会損失につながり、正当な取引者に不利益が及ぶ可能性すらあります。

 

したがって、証券会社に求められるのは、利便性とセキュリティのバランスを見極めた設計です。複雑すぎれば利用者離れが起き、簡素すぎれば不正に脆弱になる。このジレンマの中で、ユーザーのリスクを最小化する施策が求められます。たとえば、異常な操作に対しては、ログイン通知に加えて、取引後すぐに確認メッセージを送るなど、利用者に早期の気づきを促すような設計が考えられます。

 

一方で、利用者側の「自衛力」も欠かせません。ネット証券の利便性を享受する以上、二要素認証の導入やパスワードの管理、怪しいリンクへの警戒など、基本的なセキュリティ意識を持つことが必要です。自分の口座がどのような補償制度のもとにあるのかも事前に確認し、いざという時に備えておくべきです。

 

今後、サイバー攻撃の手口はさらに巧妙化するでしょう。その中で、安全な取引環境を築くためには、証券会社と利用者の相互理解と協力が不可欠です。信頼こそが金融サービスの根幹であり、その信頼を守るために、すべての関係者が責任ある行動をとるべき時代に入っているのではないでしょうか。

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