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ドットの接続

第31回

 【閑話休題】あなたの一生
すべてを記録すると

数字は信じられない事実を教えてくれる場合もあります。たとえば、「指数」や「対数」に関わる問題です。関数ととともに、中学校の数学でつまずいてしまう「指数・対数」ですが、馴染みがない概念であり、直観的な理解は困難です。その困難性を象徴する問題が約400年前の江戸時代初期に書かれています。和算家の吉田光由による塵劫記という、江戸時代300年以上にわたって読まれ続けたベストセラー数学書での問題です。現代語訳で書くと、

一か月後に、3俵(1年分の米、約180Kg)もらうのと、

今日から米粒1粒、明日は2粒、明後日は4粒というように

2倍ずつ一か月にわたってもらうのとどちらが得か。

という問題です。

田植え

これは2倍づつ一か月、もらう方が得なのです。最初の1週間では総計127粒しかもらえません。これは大さじのスプーン一杯で約2g、一口のごはんにしかなりません。しかし、30日後には、約10億粒にもなり、20トン、つまり3俵どころか、300俵以上、100年分以上の米になるのです。

では、さらに身近な問題を与えましょう。新聞紙を手元に用意してください。それを2つにきれいに折りましょう。そしてそれをさらに2つに折ります。さらに2つ、と次々に折っていきます。10回も折ると、現実には折ることができなくなってしまいますが、ずっと折り続けることができたとして、45回折るとどれぐらいの厚さになるでしょうか。新聞紙1枚の厚さが0。03mmとして、何と驚くことに約100万kmにもなります。地球と月の距離約38万Kmよりも離れてしまうのです。

人が意識する数や量の感覚は、数学的に言うと「線形」と呼ばれる関係に支配されています。線形とは、1+1=2になる関係です。大まかに言えば、1個、2個、3個と一つづつ増えていく感覚です。しかし極論すると、大概の物理現象は非線形で指数的に増えていきます。つまり、2倍、4倍、8倍と2倍づつ増えていくものなのです。たとえば、音のエネルギーと音の大きさ(感覚)です。音の大きさはdB(デシベル)という単位が用いられます。ニュース等で騒音の単位としてよく耳にする量です。基準となる0dBが聞き耳を立ててやっと聞こえる音の大きさです。静かな住宅街で40dB、百貨店や騒がしい店舗内で70dBです。これが地下鉄車内や電車の駅でアナウンスなどが流れていると100dBを超えます。100dBを超えると隣の人との会話も難しくなり、飛行機のジェットエンジン近くになると120dBを超え、会話も不可能になります。感覚的には40dBに比べて80dBであれば2倍程度の大きさの音(騒音)のような気になるのですが、音のエネルギー的には1万倍ぐらいの量の差があります。

私は大学で情報理論や情報伝送、そしてネットワークを講義しています。特に情報理論は、情報を如何にして数学的に表し、そして扱うかという情報の基礎理論です。言わば、情報の数と量の理論を講義しているのです。情報には「質」と「量」の性質があります。

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「質」とは意味内容に関することです。それを定量的に扱うことは非常に困難なので、後者の「量」のみを扱います。その量を数で表現するのです。情報量の最小の単位はビットです。イエスかノーかの選択は、その1ビットの情報量になります、そのイエスとノーを組み合わせることによって多くの情報を送ること、記憶することができるのです。0から9までの10種類の数字を送ろうとすると、4ビット必要です。アルファベットと数字、それに記号を送ろうとするなら、7ビット必要です。情報理論では、ある情報が本質的に何ビットで表現可能かを問題にします。では、新聞100年分の情報量は大よそ何ビットで表されるでしょうか。一日30ページで休みなく毎日発行されたとして、写真を考慮したとしても1GBに満たず、十分、DVDに収まるのです。その理由は情報理論の講義を受けてもらうとしましょう。
 

 

 


情報理論の講義初回冒頭で、「君たちの一生はいくらか?」という無茶な問いかけを行っています。具体的には、生まれてから死亡するまで、五感を使って得た知識(記憶)をすべて保存したとして、ハードディスクやDVDといった、現在の記憶媒体に換算すると、その購入費にいくら必要かという問いかけです。人の一生を100年としましょう。人の視野を基準にして、カメラで音声とともに記録したとすると、現在実現している高度な画像圧縮技術を用いれば、1時間当たりの記録には10MBあれば十分です。視覚、聴覚以外の情報を含めても同程度でしょう。100年は高々88万時間です。つまり、約8TBあれば一人の一生をすべて記録できるわけです。20数年前では、世界中のウェッブで見ることができる情報が1TB程度でした。現在、1TBのハードディスクは3千円程度であり、数年以内には、千円程度になることでしょう。8TBのハードディスクが1万円で購入できる日も遠くはありません。つまり、人の一生、見て聞いて感じたことをすべて1万円で記録できるのです。

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